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伊藤寛武 (fl,arr) インタビュー
リリカルなプレイとアグレッシブなプレイが同居するフルーティスト、伊藤寛武。アルバム『knock』では早い段階から制作に参加、フルートだけでなく、ブラスアレンジでもその才能をいかんなく発揮しています。その多義的なサウンドづくりの秘密とは?

──アルバム『knock』では3曲の楽曲でフルートを吹いてますね。
伊藤寛武(以下、寛):歌もの中心のアルバムにしては結構多いですよね。
──それでいて歌を邪魔していないんですよ。
寛:よかったです(笑)。
──ブラスアレンジも他に3曲も提供してもらいました。
寛:自由な発想で書かせてもらえて、自分も楽しめましたよ。
──なるほど。今日はいろいろと話を聞かせてください。

──まずタイトル作「knock」はじめ、「マイ・グランド・メニュウ」「Don't wanna be your slave」ですが、アルトサックス+トランペット+トロンボーンという3管だったり、金管のみの2管楽器だったり。
寛:編成から提案させてもらったこと、あらかじめ参加ミュージシャンの演奏を聞くことができたので、その曲にどんな響きを与えるべきかというところからイメージして書けましたね。
──なるほど。
寛:ただ単に譜面を書く、というのではなく、その人その人の音をイメージできたのが大きかったです。
──オーケストラとか吹奏楽とはやはり違いますよね。
寛:ある程度親密に作業できることはバンドの良いところですね、きっと。
──バンド活動は早くからしていましたか?
寛:高校生のときは吹奏楽部に入りながら、外部でもバンドをやってました。ライブもやりましたよ。12人のバンドとかやりました。渋さ知らズを耳コピしたりして(笑)。
──すでにジャズだったんですね。しかもフリージャズ。
寛:吹奏楽部でも2/3くらいはジャズやロックでしたね。
──珍しいですよね。
寛:コンクールに出るというようなことはあまりやっていませんでしたね。学生が選曲して指揮や演出もしていました。

──フルートそのものは何歳から?
寛:小学校6年生でしたね。父が吹いていたので、小さい頃から音色はずっと聞いてました。リコーダーが好きでその延長のようなつもりで手に取りました。中学では吹奏楽部でフルートと指揮をしてました。この頃もコンクールは一切出ずに、ポピュラーばかり演奏してましたね。。
──独学なんですか?
寛:楽器屋が主催のレッスンでN響の菅原潤さんに2、3回教わりました。短期間ですが自信がつくようなやり方をしてもらえました。
──ビッグバンドは高校生からですね。
寛:高2のときにチック・コリアの「スペイン」を自分でアレンジしたのが最初だったと思います。
──それはちょっと早い! 早熟でしたね(笑)。
寛:伝統的に学生やOBが編曲し、独自のレパートリーがありました。自然とアレンジに興味を持てる環境でした。その後、大学に進学、ここでもバンド活動でしたね。
──ドラムの田中教順さんたちとの付き合いもそこからですね。
寛:そうですね、彼のいたバンドに参加していたのですが、ティポグラフィカの微分リズムとか、いろいろと試してました。
他にもヴォーカル+フルート+ピアノ+テューバ+打楽器だったり、尺八+フルート+シンセサイザー2人など、変わった編成のバンドをやっていました。
編成を考え、曲をつくり、演奏もする、という形が一番自分に馴染みます。
──なるほど。

──アレンジは、なにか勉強したりということはあったんですか?
寛:あまり厳密になにかをやったことはないですね。書いて鳴らしての繰り返しでした。
──でも、セベスキーとかは、みんな読みますよね?
寛:大学生の頃はクラシックやクラブミュージックなど、それまで知らなかったジャンルのことを調べていましたね。ジャズの書法からは距離を置いていて、セベスキーも読みませんでした。
──影響を受けたアレンジャーはどんな人がいますか。
寛:圧倒的にギル・エバンスですね。アルバムで言えば『個性と発展』とか『Live at sweet basil』とか、好きでした。それからサックスのオリバー・ネルソンとか。ミシェル・ルグランとか。今回のアルバムの1曲目の「うたえうたえ」はルグラン風と言ってもいいでしょうね。
──なるほど! 確かにルグラン風の洗練されたおしゃれなテイスト。
寛:それからチャールズ・ミンガスも大好きですね。『アー・アム』とか。ギル・スコット・ヘロンなども。
──黒っぽいテイストですね。JBとかは?
寛:ファンクですね。高校の先輩がやっているのを聞いたことはありましたが、深く入ることはありませんでした。今はソウルっぽいものだとカーティス・メイフィールドが好きですね。
──めっちゃ振幅が激しいですね(笑)。

──「うたえうたえ」はルグラン風として「knock」は? なにかインスピレーションがありましたか?
寛:そうですね、意外とクラシックの書法から来ているかもしれませんね。「うたえうたえ」はバロック的、「knock」はロマン派的。後者はブルックナーやマーラーのような。トロンボーンのラインはかなりクラシック的になりましたね。
──「マイ・グランド・メニュウ」はちょっと遊びのある感じでしたね。
寛:2度でぶつける感じはバスのクラクションだったり。スカタライツのようなイメージもありますね。ところどころ変な音がしているのは、ストラヴィンスキーのオペラ「道楽者のなりゆき」のイメージ。ふざけているのか真面目なのか、その両面でもあるような。
──なるほど面白いですね。でも「月とフーガ」のフルートのラインはまた全然違う世界ですよね。いい意味で攻撃的というか。
寛:基本はサルサ的な曲調なのでしょうが、フルートはどちらかというとペンタトニックを使っててますね。地に足がついたラテンらしさというのとはちょっと違って、ベールがあって浮き上がっている感じ。
──「わかれみちにて」のラインは絶妙でした。
寛:コード進行に対してどうカウンターメロディをつくるか、ということもあるけれど、この曲に関してはヴォーカルの感情のエコーをうたうようなアプローチでしたね。歌い方・迷い方のようなものを後ろから追いかけるような。気持ちをまとめていくのではなく、拡散していくような。
──これだけ贅沢に管楽器の入った歌ものアルバムはいまどき珍しいかもしれません。管楽器ファンの方に最後に一言、お願いします!
寛:そうですね、フルートという楽器はすごく原始的な楽器です。古代ギリシャ神話にもあるパンの笛まで起源をたどることができますよね。近代は、元来もっている笛の生々しさを削ぎ落としてきたのですが、それを遡って奏でる笛の音色を考えたいのです。人の感覚を刺激する生々しさ、荒々しさ、ということでしょうか。
そのこととも関係するのですが、近代は誰が吹いても同じ音色・同じ音楽になる、楽譜というシステムが成立してしまったわけですけれど、やはりそうではないその人でならではの声があるはずです。私をそれを聞いてみたいと思ってやりました。多くの方にぜひ聴いてみてほしいですね。
──長時間ありがとうございました。
(2021年5月18日 学園坂スタジオにて)
伊藤寛武(いとう ひろむ) プロフィール
作編曲家、フルート奏者、指揮者。
高校在学中より、自身のビッグバンドを率いて作編曲家兼フルート奏者として活動をはじめる。
東京藝術大学入学後、主に吹奏楽、合唱、オーケストラなどコンサート作品の作編曲及び指揮を手掛ける。そのほか、舞台芸術集団地下空港「タガタリススムの、的、な」劇音楽、金沢21世紀美術館「かなざわごのみ」BGM、広告音楽の提供もしている。
フルート奏者としては、世界中の笛の奏法を取り入れた多彩な音色を生かし、コンテンポラリーダンス、朗読、映像と、即興演奏によるコラボレーションを続けている。