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学園坂出版局よりお知らせ
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・ユリコさんのエッセイ風論考「家族について考える」6を公開しました。(11/21更新)
・2023年12月1日、小笠原もずくバンドライブを開催します。(11/11更新)
・2022年9月10日『生かされる場所』のCD発売記念ライブが開催されます。詳細はこちらをご覧ください。(8/5更新)
・「思想ゼミ」宇野邦一さんの連続講座を「器官なき身体と芸術」vol.15(2022年2月)でいったん終了します。アーカイブ視聴のお申し込みは受付中です。(3/13更新)
座談会その1:『knock』をめぐって
CDアルバム『knock』ではさまざまな管楽器が大活躍していますが、トロンボーンの存在もひときわ大きく、サウンドの雰囲気に華を添えています。そこでアルバムで演奏を披露したトロンボーン奏者、松田結貴子さんをお招きし、作家で元トロンボーン奏者のミラー和空さん、ヴォーカルの小笠原もずくさんの3人で座談会を催しました。
左よりミラー和空さん、松田結貴子さん、小笠原もずくさん
ミラー和空(以下、和):わたしはシカゴの音大を大学院まで行って、クラシックのトロンボーンを勉強していました。残念ながらオケの首席になるような素質はなかったのですが(笑)。
頑張ってトロンボーンを続けていたら音楽を続けていく運命だったんだろうけど、どうしようか悩んでいた時に「そういえば旅をしたことがなかったし、世界旅行をしよう!」と思いついて日本を旅行したら、日本にいついてしまった。そして東京が大好きになってしまったのです。日本に来たのはかれこれ42年前。
わたしは小学生4年生からトロンボーンを吹いていたけれど、松田さんは?
松田結貴子(以下、結):トロンボーンは中学生1年からブラスバンドで初めて吹きましたね。そのまえはピアノを習ってました。
ジャズを勉強しはじめたのは大学生になってサークルに入ってからです。高校のときはビッグバンドを聞いていただけですね。
和:来日した当初、向井滋春さんをよく聴きました。日本では素晴らしいジャズ奏者はたくさんいらっしゃいますが、ジャズソロをまともに奏でる金管楽器の奏者はそういらっしゃらないような気がします。
ところで、私が模範にしているジャズトロンボーンとしては、チャールズ・ミンガス『アーアム』に参加したジミー・ネッパー。目立たないけど完璧、これ以上ない!という演奏です。
松田さんのトロンボーンはまさにそういう演奏。珍しがられませんか?
結:そうですね、同じ楽器で出会う人も少ないですし。向井(滋春)さんはチェロも弾かれてるんですよね。
和:このアルバムの中でトロンボーンの存在はかなり大きいよね。
音色の充実化にかなり貢献していらっしゃいます。
昔、トロンボーンのレッスンのときにバーバラ・ストライザンドを聞けと、言われたことがあります。
もずくさんの声をよく聞くと、音色、密度などの加減が素晴らしい。そういう意識はあるんですか?
小笠原もずく(以下、も):そうですね、意識してますね、自分が歌ってて楽しいって感じるのは、声色とか声の温度を好きなようにコントロールできるところだと思っていますから。
和:~マーラーの交響曲3番(レヴァイン・シカゴ響)をタブレットでかけながら~
マーラーのトロンボーンなのですが、音色を微妙に加減していて、それがいい音楽と、普通の音楽の違いだと思うのです。
松田さんのトロンボーンが入ってきて、曲全体の音色・サウンドが変化するように感じますね。
自分自身の中でも、音色の加減をしているんですね?
結:曲に応じて、音色をアレンジして録音に臨みましたね。
和:そうですよね。松田さんの演奏は、聞いている人の耳を叩くわけではなく、なにかこう、引っ張るような感じ。わかります?
結:そうですね、歌うように吹きたいし、会話するように吹きたいですね。
編集部:歌心?っていうんですかね。歌うことも好きなんですか?
結:歌うこと自体は実はあまり好きじゃないのです。自分の声にちょっとコンプレックスがあって。
トロンボーンの音は人の声に近いって言われていて、そのなかで自分を表現できたらいいなと思って吹いていますね。
和空:もずくさんは楽器と一緒にやることは少ないと思いますが、日頃の歌い方とどう違う?
も:普段は基本ピアノを弾いて歌うことが多くて、好き勝手できるというか、自分の中で完結するようなことが多いのです。
次に鳴る音がわかっていて、次に出したい声がきまっている感じ。
色んな楽器が鳴っていると、その中に混ざり込んでいきたい、聞こえた音に声が反応するっていう感覚が強いです。
こうしたい、っていう衝動が起きるのは、バンドならではじゃないかなと思う。
和:もずくさんの声を聞きながら吹くっていうのは、なにか違いがありましたか?
結:もずくさんの歌は伝わる力が強い、それにどういう音で返していくかという作業が新鮮でしたね。どう会話するか、そんな風に考えることが楽しかったです。
和:誰が好きですか? 模範にしている人とか。
結:J.J.ジョンソンがバップでは最も好きですね。あとはベニー・グリーン。素朴な中でトロンボーンの味をすごく出している。
そういう人たちの演奏から、いろんなところをすこしずつ得ようと思って頑張っています。
も:私はこの人の歌声が好きっていうのが困ったことに実はあまりいないのです。
和:スキャットはどうなんですか?やりますか?
も:自信ないですね、目下勉強中です(笑)。
和:もずくの歌は、スキャットの凄く近いところで、歌詞以外の音を楽しんでいるように感じるので、あなたならできることだなと感じました。
何日か前に、鴨居駅でツバメの巣を見たのです。ツバメが初めて巣から飛んでいくことは人生1度の経験ですね。
スキャットは少しずつではなくて、ある日突然飛び立つという感じだと思う。松田さんはそんな経験はあるんですか?
結:吹奏楽って譜面通りに吹くので、ジャズでアドリブをするのはやはり最初はドキドキしていましたね。少しずつできるようになった時に、まさに巣を飛び立ったんだ、という感じがありました。
和:それからアドリブの世界にはまっていった?
結:正解や不正解がないので、まわりのいろいろな人とセッションすることで、毎回違うものになっていくのが面白いし、初めての人とも言葉を超えたつながりができることも魅力ですね。
和:その昔、バッハはいろんな譜面を書いたけれど、と同時に普段からたくさんのアドリブをしていたと言いますね。
もずくはいつから人前で演奏しようと思った?
も:いつのまにかそうなっていた、という感じかもしれないです。
音大の声楽科に在籍していたのですが、譜面通りに演奏するとか、先生と同じような音色で歌わなくちゃいけないことに気づいたんです。
それがすごく嫌で、自分の好きなように歌いたい、と思って。
ライブハウスに可能性を感じて、ステージに立ってみました。初めてのステージはお客さんは2,3人でしたけどね。
和:先程の、あまり模範にしている人がいない、というのにつながるところですね。
日本画や書の世界では「模倣」。でもそれは、それだけではつまらない。
お二人とも、なにか音楽的な悩みとか、やはりありますか?
結:共演者との音の会話を組み立てていく上で、もっとボキャブラリーを増やしたいなあ、とよく考えてますね。
和:マンネリ化しないこと、ですよね。
も:課題がたくさんありますね。やってみたいことが多いです。民謡にも興味があるので、色々な土地に行って色々な音楽を勉強して、自分の歌に生かしていきたい。
和:松田さんは今バンドに参加してるんですか?
結:定期的なビッグバンドに参加しています、毎週土曜日に。
なかなか今は本番がやりにくいのですが、情勢を見ながら活動しています。
和:松田さんはボキャブラリーを増やしたい、ということでした。もずくは民謡をやりたい?
も:最近歌を歌うっていうと、これがスタンダードな発声だ!とか、これがなんとかボイスだ!っていう風潮があって、それができていると素晴らしい、みたいなところがある。
わたしはそれよりも色んな国の音楽に興味があって、その土地の人には当たり前でなんでもないことなんでしょうけど、そういうところから「自分の声で歌うこと」を考えたいですね。
和:それを聞いて思い出すのはドン・エリスのビッグバンドかなぁ。ブルガリアのリズムで、13拍子とか33拍子のような楽曲がありますね。
話は戻りますが、このアルバム『knock』は選曲がとてもよかったですね。アルバムそのものにいろんな音色の展開があるように感じます。
結:いろんなカラーがあって、アルバム一枚で色んな楽しみ方ができる。もずくさんが一人で歌ってるとは思えないんですよね。
和:20代とは思えない広がりがありますね。
松田さんのトロンボーンは、出音のインパクトがすごくいい。
押してくるんじゃなくて、引きながら登場してくる。すごく色っぽい、いい演奏です。
結:もずくさんの声や他の楽器があってこそ、あの演奏になったんだと思います。すごくいい経験でした。
編集部:長時間ありがとうございました。
(2021年7月4日 学園坂スタジオにて)
松田結貴子(まつだ ゆきこ)
1994年埼玉生まれ。
幼少期にはピアノを学び、中学から吹奏楽部に入部し初めてトロンボーンに出会う。その歌声のような暖かい音色に惹かれ高校でも楽器を続け、大学時代は中央大学理工ジャズ研究会に所属しジャズに傾倒する。SEIKO Summer Jazz Camp 2018にて優秀賞を獲得。ジャズ理論・奏法を宇野嘉紘氏(tp)に師事。
現在はライブハウスやビッグバンドでの演奏、都内レストランでのBGM演奏のほか、レコーディングサポート等も行っている。
ミラー和空(みらー わくう)
1954年、米国生まれ、1978年に来日。企業広告の企画制作、ノンフィクションの本の翻訳などに従事。現代詩の翻訳も手がける。2009年に出家得度。自著には『アメリカ人禅僧、日本社会の構造に分け入る 13人との対話』(講談社、2015年)がある。
あとがき風のCDレビュー ミラー和空
緊張感のありがたみ
『春の祭典』の出だし。聴衆全員が楽団のひとりに耳を傾けている。注目を一手に背負うバスーンの奏者。彼(女)とともに楽団の仲間も緊張している。
楽器の音域の極限を試すようなストラヴィンスキの編曲は意地悪なほどに、奏者にとって試練となる。とはいえクラシック音楽の愛好家でさえ、この大曲をナマで聴く機会は生涯に何回もない。そのうち、バスーンの奏者がこのソロを完ぺきにこなすのは何回だろう。半分に満たないに違いない。それだけ難関だ。
それだけ難関だけれど、難関だからこそ、音色に緊張感が出る。その緊張感を目指していない作曲家(編曲家)ならば、同じバスーンでもより快適に奏でられる低い音域まで下げただろう。あるいは同じ音域でも、例えばオーボエに割り当てることが考えられる。
こうして奏者、楽団員、聴衆ともども、開演を控えて緊張感が高まってくる。この出だしを奏者がどう乗り切るかが、(結果はどうあれ)決定的な〝場面設定〟となる。音楽鑑賞中はもとより、その余韻も含めて、音楽体験の大きな比重を占める。
言い換えれば、楽に演奏できる編曲ほど、演奏効果もぬるい。各楽器の〝コンフォートゾーン〟に安住せず、音域の極限に挑んでこそ、緊張感が高まり、ホールは電撃的な空気で満たされる。
声の魔術
このほど、電撃的な空気が漂う音楽CDに出会った。クラシック音楽でなく、ジャズ系の作品だ。〝コンフォートゾーン〟を抜け出し、自分の音楽的な可能性を隅々まで伸ばそうとしているのは、シンガーソングライター、小笠原もずく。
CDの題名『knock』は小笠原による曲の曲名を転用した命名だ。作詞・作曲は小笠原の4曲と谷藻りすんの6曲。ほか、アルトサックス、ソプラノサックス、フルート、パーカッション、ギター、ベース、それにトランペットとトロンボーンも加わり、まさに充実した合奏だ。
フルートの伊藤寛武による管楽器の編曲が文字通りに功を奏して、静かな曲も盛り上がる曲も、いずれも奏者数のわりにも濃厚な音色に包まれた音楽体験ができる。とりわけ、金管楽器のふたりは気の利いた出入りを繰り返し、絶妙な味付けだ。
しかし、「濃厚な音色」「絶妙な味付け」といえば、何といっても最前線に立つ小笠原だろう。じつに幅広い表現力に感服するかぎりだ。風の噂によれば、小笠原はこのCDが発売となった2021年5月は、ギリギリ20代だったそうだ。
年齢にこだわるのは客観的な評価を妨げるのでよくないかもしれないが、全盛期のベティ・カーターをナマで聴いたことを、人生の宝物のひとつとして数える私だ。中年のカーターが身につけてきた表現力に相当する力量を、この年齢で感じさせる小笠原の才能、否、勇気・冒険心に感動せずにいられない。
依然として収束しないコロナのパンデミック。ナマで音楽を聴くための途は細くて、険しい。当面はナマを諦めて、CDとYouTubeを頼りに凌ぐしかないだろう。そうであればそれで、媒体を問わず小笠原の声の魔術に浸っていたく思う。聴くたびに彼女の現状に感服するとともに、その計り知れない将来を想像する。
小笠原はもとより、こちらも、コンフォートゾーンでの安住は赦されない。やっぱり、緊張します。