学園坂出版局ではジャンルを問わず、さまざまな書き手によるエッセイを掲載していきます。第1弾は、異色の福祉施設職員・ユリコさん。音楽や法学を学び、パレスチナでボランティア活動もされていたというユリコさんのふわりとした文体、それでいて実は思考の緊張を強いられるテーマ。わたしたちは果たしてこのエッセイからどんなことを汲み取れるでしょうか。全10 回を予定しています。

​掲載日.2020/12/30 essay No.2

家族について考える 2

ユリコ

「かわいそう」というまなざしについて

私が働く児童養護施設には、家族と一緒に生活することが困難な子どもたちが生活している。前回の文章に「どうして『施設』で生活する子どもは『かわいそう』だと見なされるのだろう」と書いたが、これは、私が児童養護施設に転職してから度々抱いてきた違和感を表している。子どもたちに対する、「かわいそう」というまなざしを感じるたびに、私はいつも「施設の子たちはかわいそうじゃないですよ!」と言いたくなるのだ。
確かに、この職場は毎日まいにち見事なほどに「順調に問題だらけ」1だ。子どもらしいいたずらや怪我の事故、そして思春期あるある問題も盛りだくさんだが、問題はそれだけではない。子どもたちが抱える悲しみや怒りや痛みがどれほど彼らを苦しめ、彼らがどれほどの生きづらさの中で生きているのかを示す問題も度々起こる。それでも子どもたちを「かわいそう」というまなざしでは見たくない、見て欲しくない、と思うのはなぜだろう。

「かわいそう」というまなざしは、そのまなざしで見られた者の内面に入り込み、「かわいそう」な人は、「かわいそう」に見合った人間になろうとしてしまうことがある。私はそれが心配なのかもしれない。子どもたちが家族と暮らせないのは「慈善の対象としての不運・不幸ではなく、社会・国家の側が是正の責任を負うべき」2問題なのに、「慈善の対象」とみなさないでほしいと言いたくなるのだ。そして、子どもたちが「慈善の対象」にふさわしい、「かわいそうな人間」としての振る舞いを身に着けてしまうことのないように、「かわいそう」というまなざしから子どもたちを防御したいと思うのかもしれない。もしくは「かわいそう」というまなざしに潜む「他人事」の感じに対する反発心があるのかもしれない。
でも考えてみると、実は私自身がずっと児童養護施設にいる子どもたちを「かわいそう」というまなざしで見てきたのだ。だから、きっとこの違和感や反発心は自分自身に対するものだ。

私が子供の頃、マユミちゃんは「孤児院」から来たと聞いていた。未だ「児童養護施設」という言い方は一般的ではなかった。伯母さんは、「孤児院」で暮らす「かわいそう」な子どもを救いたかったのだろう。だから、病床で「私は傲慢だった。教育で人を救えると思っていた」と言ったのだろう。「かわいそう」だと「他人事」で済ますことのできない、何らか理由があり、やむにやまれぬ思いがあって、伯母さんは「孤児院」にいたマユミちゃんを引き取り、自分の問題としたのだと思う。
しかし、私は、マユミちゃんを救いたかったのに絶望の中で死ぬことになった伯母さんの働きを「失敗例」とみなし、この問題はマユミちゃんを引き取った伯母さんの「自己責任」の問題か、もしくは個人的な「不運・不幸」な問題とみなしてきた。私にとって、伯母さんとマユミちゃんをめぐる問題は「かわいそう」な他人事であり続けていた。
マユミちゃんに関して、私には断片的な記憶が幾つかあるだけで、子どもの頃の自分がマユミちゃんをどう思っていたのかを思い出すことができない。きっと、無神経な善意に満ちた「良い子」だった私が、「かわいそう」なマユミちゃんとどのように関わっていたかを思い出すのが怖いのだろう。ただ、私は逃げた自分を責め、そして、その「自分を責め続ける傷ついた私の物語」を一人で何度も反芻してきた。何度も反芻してきたわりには、何が問題だったのか、何ができて何ができなかったのかを、私自身を含む家族や社会の問題として考えようなどとは思いつきもしなかった。私の中の伯母さんとマユミちゃんは、「傷ついた私の物語」の背景を彩る「かわいそう」な登場人物たちに過ぎなくなっていた。今になってそのことがわかってきたからこそ、私は「かわいそう」というまなざしに潜む「他人事」の感じに敏感に反応するのかもしれない。

なお、私はマユミちゃんのことについて、家族とも従兄弟たちとも殆ど話をしたことがない。伯母さんが亡くなり、マユミちゃんが出ていってからもう30年も経つのに、未だに伯母さんとマユミちゃんの名前が会話に少し出てきただけで平常心を保てなくなり、まともに会話ができそうにないので、今も話題にするのを避けている。そして、自分の家族の問題をこのような開かれた場に書くことについて、今もまだ迷いを吹っ切ることができないでいる。
児童養護施設(孤児院)から子どもを引き取って、子どもと一緒に幸せを手にした家族の話は「美談」として時々目にすることがあったが、「失敗例」を目にすることは殆どなかった。これは、私が話すことができなかったように、他の場所でも語られることが殆どないからなのかもしれない。「語られない」こと自体も問題なのだろう。

憲法学者の志田陽子さんは、「制度が前提としている『正常な』人間像は実は多様な人間のあり方のうちの一部に過ぎず、その前提を共有しない人間が存外多く実在するとすれば、現在の制度はその前提を共有しない人間にとって無理な制度である、ということになる」2という。家庭内の暴力や虐待が大きな問題となっているのは、現在の「家族」をとりまく制度が「多様な人間のあり方の一部」だけを前提としており、「その前提を共有しない人間にとって無理な制度である」ということを表しているのだろう。
多くの虐待被害者の話を訊き、援助やケアに長年携わってきたカウンセラーの信田さよ子さんが『〈性〉なる家族』という本を書いている3。彼女は「最も私的で最も見えにくい家族で起きていることは、国家のレベルで起きていることと連動しており、容認されている」という。政治学者の岡野八代さんも「家族の私化は、家族が国家化されていることに他ならないことに気づくべきなのだ」という4。これは具体的にどういうことなのだろう。次回からは、国家が規定する制度と、家族・性の問題の関係について書かれた文章をいくつか参考にしつつ、考えてみたい。
信田さんは、「今まで生きていたなかで使わなかった新しい言葉や考え方を知り、獲得する。これが教育であり、学習だとするならば、私たちにとって最も身近で私的な存在である家族、そして性については再学習しなくてはならない」と書いている3。このことばに背中を押され、「語られる/語られない」問題も視野に入れながら考えたいと思う。

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引用文献
1  向谷地生良『技法以前-べてるの家のつくりかた』(医学書院、2009)
2  志田陽子「セクシュアリティと人権-『沈黙する主体』と『沈黙の権力』」石埼学・遠藤比呂通『沈黙する人権』(法律文化社、2012)
3  信田さよ子『〈性〉なる家族』(春秋社、2019)
4  岡野八代『フェミニズムの政治学』(みすず書房、2012)

ユリコ:1971年生。法律事務所の秘書、小さなNGO団体の一人事務局員、子ども英会話教室の講師、大学事務の仕事を経て、現在は児童養護施設で働いています。

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